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富士WEC&富士MOTORSPORTS MUSEUM

友人の特別なご招待に便乗させて貰って、先ずは27日決勝が行われた富士WEC(WorldEnduranceChampionship)へ

行ってきました。旧WSPCにSilkCutJaguarXJR12の応援へ、ジャガージャパンの招待で行ったのが1988年だから

38年振りにスポーツプロトタイプが走っているのを目の前で見ることになりました。

6時間走っての優勝は地元トヨタTR010ハイブリッド8号車。

メインスタンドもパドックも真っ赤。フェラーリの応援部隊ではなく、トヨタ関係者ご一行かと思われますが、先ずは最後にはアルピーヌ2台を

下しての優勝はトヨタの意地でしょうか、根性でしょうか、はたまた運、でしょうか。まあ車がそれだけ仕上がっているのと、万全の態勢だったのでしょうね。

とりあえずトヨタの優勝、おめでとうございます。

フェラーリの応援ではありません( ´∀` )

近年のこれらのハイパーカーと呼ばれるクルマのタイヤ、見たことありますか?

所謂丸坊主のスリックかと思いきや

このスパイダーマンの様なグルーブが入っているんですね。理由はわかりませんが知らないのと同時に驚きでした!

クルマはアルピーヌ。

イギリス代表アストンマーティン。ゼッケンはここでも007.

今回お世話になったのはフランスはプジョー。エンブレムと書体が無ければどれがなんだかさっぱりわかりません。

そしてGT3クラスのポールポジションは、予選が中止になったとはいえアメリカはフォードムスタング。

ハイパーカークラスにはキャデラック、も出てましたね。

フォードレーシング、と書いてあるからワークス参加、でしょうか。USフォードのワークス参戦だとしたら何年振りなんでしょうか。

タイヤはミシュランを履かずにグッドイヤー、というところもアメリカらしいですね。

ハイパーカーよりこのクラスの方が親しみがあるのでもう一枚。やはりムスタングですけれども。

ムスタングだと判ります。

これはBMW.キドニーグリルは健在。

今回、駐車場からの送迎を含むホスピタリティを行ってくれたのは

LE MANS SPIRIT CLUB,というところで、多分WECと一緒に各国を転々としていて、同様なサービスを提供しているのでしようね、

メインのルマン24時間は大変そう。。

スピードウエイを後にして、最終コーナー横、西ゲート傍にあるハイアットホテル内にある富士モータースポーツミュージアムへ。

今回は76/77年の日本F-1GPの特設展示と、以前提供した工具箱を見に行きました。

今は広島のオーナーの元にあるコジマ007.1976年

このクルマには当時からドラマがてんこ盛りですね。日本と日本人の期待を背負い、それなりの結果も出しましたね。

現在は大阪のオーナーの元にある、長らくドイツにあり、近年ドイツから戻ってきたコジマ009.

傍にスポーツカーノーズのフロントカウルも展示されていましたが、出来れば77年の富士を走ったこのノーズを装着した姿が見たいですね。

009もタイヤ次第で期待が出来たクルマでしたね。因みに008,は国産F-2、でした。

 

国産最初のF-1であるMAKI F-1

この状態でオークションに出たそうですが、完成車両も日本にあるはずです。

1968年ホンダRA301   ホンダF-1活動第一期の集大成となる最後のF-1.

60/70年代のフォーミュラはとても美しく、魅力が沢山あります、現代の大きくなりすぎてごちゃごちゃしたF-1,は好みではないですね。

提供させて頂いた、Snap-onのツールケース、もちゃんと鎮座してました。(2026/07/16のブログをご興味ある方は見て下さい)

これも歴史の一部です。

現在モデルカーメーカーのスパーク社に、英国Classic Team Lotusから借りているType77,シャシー番号5番

これが富士のモータースポーツミュージアムに展示されたら(今後されるであろう)完璧ですね。

この個体は初めての日本、1976年の雨のグランプリで優勝した個体そのものなのですから。

この個体は長らく日本にあり、日本のオーナーによってヨーロッパのヒストリックF-1GPに参戦していました。

ヒストリックF-1の世界に日本人としては初の参加でしたが、惜しまれることに病気により他界、その後は製造元である

Classic Team Lotusの元へ戻ったという経緯があります。これもまたこの車のヒストリー、ですね。

1992年マツダMX-R01

マツダ最後のグループCカーですが、前年の1991年にルマンで優勝した787Bと同じカラーリングなのでマツダ製かと思ったら

何と同時代のジャガーXJR-14エンジンを含めそのままなんですね。知らなかった!

確かにカラーリングをSilkCutJaguarXJR-14と同じに戻して、ヘッドライトを取り去ればまんまXJR-14に変身しますね。

1999年から2007年迄マツダ/ジャガー/アストンマーティン/ボルボはプレミアムオートモーティブグループ(PAG)としてフォード傘下

だったので時期的にも合点が合います。それにXJR-14を製作していたジャガースポーツは、トムウォーキンショーレーシング(TWR)で、

ウォーキンショーとマツダは旧知の仲だったので話も早かったのでしょうね。しかしながら」別のクルマに見えるのはカラーリングの妙、ですかね。

今回富士WECに特別ゲストとして来日されていたSir Jackie Stewart.

10代頭の頃からのファンで、その理由もあり一番好きなF-1がこの1973年Tyrrell006/Ford.

この年にこのクルマで3度目のChampionを決め、引退。今回偶然お会いできてサインを頂けました。この車の実物には何度も会いましたが、

ドライバー本人と話せたのは初めて。今回の一番最高の収穫でした!

 

新車で輸入されたE-TypeSr.14.2,とは?

インディを走るロータス38/ジム・クラーク!!が表紙のベースボール・マガジン社発行のカーマガジン。

この号にE-type Sr.1 4.2OTSの試乗記事が6ページに渡って紹介されていました。とても興味深い理由は。。。

*まず新車時のE-typeの、日本での試乗記事が紹介されている雑誌等がほとんど皆無、であること。

*当時の新車時の状態が写真等で鮮明に確認出来る。

*試乗記事を書いているのが、あの式場壮吉氏。しかもとてもお若い。

ご興味のある方はなんとか読んでみて下さい。

ウオールナットのメーターパネルとか、ZFの5速がオプションで選べた、とか誤文が散見されますが、試乗記事の内容的には大したことなく

さらっとした当時の典型的な試乗記事らしい文章でしたが、写真資料としては貴重。流石新車、びしっとしてますよね。

 

 

CG Classic Vol.14

本日8/27日発売のCG(CarGraphic)Classic.

戦前から主に60年代~70年代頭位迄の車を対象としている季刊誌、なのですが、

前回のVol.13から弊社も広告を入れさせて頂くことで協力させて頂いています。

前号で取り上げて頂いたE-Type に続き、今回は

CGClassic Classic Car Beginner’s Guide Vol.4

というコーナーに弊社の紹介/取材記事を掲載して頂きました。

グリーンの表紙にジャガー3.4(Mk1)が当時、ロールを伴った姿勢でサーキットを走っている写真は

特集である”スポーツサルーンというカテゴリーの妙味。。”の題材にぴったり。Mk1は初代

ヨーロッパツーリングチャンピオンシップ(ETC)のチャンプ、ですからね。

今月は

MGミジェットMK3の正規輸入車(日本レイランド。当時はU.Sモデル)のとてもすっきりした個体に関わったり、

こんな車に久しぶりに再会したり。

このクルマ、なんだか判りますか?

モンテベルディハイスピード375L、です。

エンジンはクライスラーの7.2リッターのHemiを搭載したスイス、バーゼルで生産された超豪華なGT。

生産台数は約100台、とも66台とも言われているみたいですが、この右ハンドルモデルは僅か9台、とされ、

この個体の以前のオーナーはイギリスのロックバンド, The Who のベーシストである

ジョン・エントウイッスル だそう。

このクルマに負けずに乗れる人って、どんな方なのでしょうかね、長身の女性とか意外と似合うかもですね!

 

 

 

 

 

御納車。

内外装及び機関関係の再仕上で入庫していたSr.14.2OTSが仕上がり、休み明けの明日納車の運びに。

お預かりしてからなんと楽に3年以上時が過ぎていました。

時間が経つのはこの頃特に早いです。

待って頂いている全てのオーナー様には、本当に申し訳ない、と思っているのですが、この業界現状圧倒的に職人不足です。

旧車を触れるメカニックの高齢化、及び若手の担い手が殆ど居ない、という絶望的な状況は整備のみならず

板金/塗装、内装関係、鍍金、機械加工など多岐に渡り同じで、昨今の旧車人気の相まって、取り扱いが出来るショップは

お客さんが集中してどこも飽和状態になっていて、需給のバランスが完全に狂っているのが現状。

最終的に纏めるのは弊社の仕事ですが、外注でお願いする部分が進まないとどうにもならない部分が多々あります。

内装屋さんの仕事。

出張で来てくれてますが、勿論他にも沢山の仕事を掛け持ちしておられるのでやはり時間は掛かります。

機関関係は弊社の仕事ですが、美しく正確に仕上げるには、それぞれ専門の外注さんが欠かせません。

未だ転職が出来る気概のある方、是非今からでも各分野の職人を目指してみて頑張ってみては如何でしょうか?

40歳位からでもやる気があれば大丈夫かと思いますよ。

そして新しい職場がきっと喜んで迎えてくれるかと思います!

 

 

 

 

 

JAGUAR Sport 50’s Style

戦後の1950年代には、数多くのスポーツカーがアメリカ市場に向けて(北米で売れないスポーツカーは成功しない)輸出されましたが、

その年代の英ジャガーのスポーツカーと言えばXK120に始まるXKシリーズが北米で大ヒット。

50年代のジャガーは、今日では想像出来ないかもしれませんが、英国を代表する大排気量スポーツカーメーカーであり、

あの過酷なルマン24時間レースに於いても、51,53年にC-Type にて総合優勝、55,56,57年にはD-Typeで総合優勝と計5回

(54年はD-Typeで惜しくも4.1キロ差で,4.9LのフェラーリV12に次いで2着)の優勝を誇り、正にスポーツカーメーカーとして破竹の勢い

で、このXK140OTSのトランクに付いている、紅色の七宝エンブレムにも”LE MANS WINNER”という文字が誇らしげに表記されています。

因みにジャガーC-Type の本名はXKC、でD-TypeはXKD.当時のスポーツプロト的な両車とこのラダーフレームを持つ市販XKとはかなりと

違うのですが、エンジンは同じXK3.4リッター(D-Type後期は3.8)ユニット。

レーシングカーとして最初にディスクブレーキで成功をしたのがC-Typeなので、同年代の市販車XK140も後にディスクブレーキを採用することに。

未だ公道を走ってサーキット迄行ってレースして帰って来る、旧き良きレーシングスポーツの時代です。

XK120/140/150と1948~1960年迄続いていく初代XKの各数字は、最高速度を表す(マイル)のは周知のところですが、この140MCではキロにすると

224Km!にもなります、1954年でこの性能は正に当時のスーパースポーツ、。ですね。

ノーマルの190Hpと比べ、特別仕様のC-Typeヘッドを持つ140は210Hp仕様となり、XK140MCと呼ばれていました。

肘をドアから出すドライビングスタイルも、特徴ある古典的なブリティッシュスタイル。

120から比べると約10センチほど広くなったと言われる室内(といえるのか?)も、大柄なイギリス人が良く

窮屈しなかったな、といつも思うのですが、イギリス製のサルーンも大体外装に比べ室内は狭いのは、やはり

この後暫く続いたブリティッシュスタイル、なのでしょうね。

内装のレッドレザーも定番ですね。国産の60年代位のスポーツカーの内装は、黒若しくは赤の二択だった気がします。

国産のスポーツカーは英国製のスポーツカーの影響を強く受けていましたね。

いずれにしても50年代、60年代は車にとっての黄金時代と言われていますが、このXKも夜の大都会でどのクルマにも劣らない、強烈な個性

を放ってました。

 

 

 

 

E-Type Sr.2

ジャガーE-Type,というとライトカバーがあるシリーズ1,若しくはV12エンジンを搭載したシリーズ3を思い浮かべる方が多いかと思いますが、

デビュー当時のプリミティブな美しさでは、E-type歴代第一番のシリーズ1とマッシブなシリーズ3の間、1968~1971年に生産された

シリーズ2は生産されていた時代もありますが、なんとなくシリーズ1と3の境目の中途半端さがあり、世界的にみてもシリーズ中一番

低い評価を受けている感があります。

しかしながら、E-Type における最後の6気筒搭載モデルであり、シリーズ1の欠点及び改善すべき点を全て改善したモデルでもあるのです。

対米仕様は、このころ始まったエミッションコントロールによりデチューンされていますが、本国及びヨーロッパ向けモデルは基本S14.2と同じ。

フロントブレーキが強化され、冷却性能も格段に向上。68年に実施されたアメリカ安全基準に準じ、灯火類や室内のスイッチ等、安全面にも考慮。

シートもリクライニングするし、ヘッドレストも標準装備。V12モデルでは多気筒故少し面倒な部分もありますが、S2では殆どなし。

クーラーはオプションになりますが、乗るには一番完成したE-typeかも知れません。

奥のブルーの個体には今回電動パワーステアリングを装着。

手前のライトグリーンの個体はA/Tへコンバート。

内装総張り替えと、オーナーのリクエストで面白いシフトゲートに変更。

どちらも日常使いを主に考えているオーナーのクルマになります

Sr.2はOTS,FHC共に正規輸入車は勿論、並行でも殆ど入っていないので逆に見つけるのがシリーズ中一番難しいかも知れませんね。

 

 

 

TOKYO 06.21BH AUCTION

」

関西の長年のお客様のご依頼で、久々にオークションに参加です。

目的は、↓の落札です。

1965年ホンダSM600. ホンダSの事は詳しくないですが、SMはちょっと豪華仕様らしく、台数も少ないらしい。

それのみならず、この個体、

*練馬5 シングルナンバー

*ワンオーナー!フルオリジナル

*実走行2万キロ

*未使用純正の白いハードトップ付き

*新車時の純正タイヤ+ホイール/ハブキャップ付き

車検が切れて2年程動いていないが予想落札価格は 500~600万

61年前のクルマが、以上のスペックでボディは勿論、エンジンも当時工場を出たままのオリジナルであれば、

現代においてほぼ正しく新車時のフィーリングを味わうことが出来る、あり得ないような個体。

レストアされたクルマとは根本的に違います。

20年以上前に新車から1.2万キロしか走っていない、E-TypeSr.1 4.2に出会って以来の歴史的サバイバー。

依頼主は勿論、2度と出会うことは無いであろうこの個体、絶対に落札しなきゃ!です。

アルペンブルーメタリック、という色に塗装されたこの個体、流石にボンネット/トランクは艶引けしていますが、それもまた良い雰囲気。

磨けば良くなりそうだし、内装に至ってはご覧の通り素晴らしいコンデション。

競ったオークションになったので、予想価格を超えた値段になりましたが、無事落札出来て一安心。

車検取ったら是非一度乗ってみたい、と思わせるS6です。

イタリアンな6月

イタリアやヨーロッパの6月は、とても過ごしやすい時期なのだろうけど、

此処日本の今の時期は梅雨でジメッとした気候で気分もパッとしませんが、

今年の6月は何故か希少なイタリア車にご縁がありました.

1968年アルファロメオ1300GTAジュニア。

僅か447台しか製造されていない、オールアルミボディを持つGTA.

前後バンパーレス、リベットの跡も生々しいスパルタンな外観に1300のみに与えられたストライプとクアドリフォリオ。

ウチにはこの105系の最終モデルである2000GTVがありますが、まるで普通の乗用車。このレーシーな佇まいには全くもってかないません。

当たり前か。

比較するととってもお上品に見えますね。

そして特徴的なツインプラグの点火系。勿論エアクリーナーなど取り外して、上向きの特徴的なファンネルが更にやる気を煽ります!

コンペティションモデルのイタリア車は本当に見て良し、乗ってよし、ですね!

そしてこれまた珍しい、1955年フィアット1100Viotti.

この時代のアメリカ車の流行りが少し見られるリアエンド。VWのタイプ3ファストバックにも似てるかも。

 

Viottiで架装されたこのボデイを持つこの個体、現存するのは現在僅か3台だそう。

ベースとなった車はこのフィアット1100.普通の大衆セダンですね。あまりの豹変ぶりに!!!」

外装に劣らずド派手な内装は、いまや殆ど姿を消したベンチシート+コラムシフト。所謂ベンコラ。

乗ってみると、とっても普通で乗り易い。当時にお洒落なイタリア女性が乗っていたらカッコよかったでしょうね。

この6月はクルマの性格が真逆の、しかしながらとてもレアなイタリア車2台にご縁があった、楽しい月になりました。

 

 

 

Festival of SIDEWAY TROPHY

昨日5/31日、梅雨入り前のカラッとした気候の中袖ヶ浦フォレストレースウエイで行われた

”SIDEWAY  TROPHY”に、20年位前に筑波サーキットで行われていたヒストリックカー耐久で乗せて頂いていた

オースティンヒーレーMK3で初参加しました。

 

今回はスプリジェットの1メイクレースが初めてここで行われる、という事でタイミング的にもバッチリだったのですが、

*20年以上この車に乗っていない(前オーナーの元から手元に来てから2年ですが)

*ドライ路面でこのサーキットを真面目に走った事がない

*サイドウェイトロフィーというレースイベントにも参加したことがない

という、三拍子揃った状況での不安一杯での参加でした。

1番最初のレースは、スプリジェットトロフィー、というスプリジェットのみで行われるレース

ポールポジションから出て、辛くもトップを死守してゴールしたものの、メタルクラッチの扱いが難しく

ジャンプスタートしてしまい、ペナルティを30秒頂いてレース終了後のリザルトではなんと!5位に転落。

それでもレース終了直後にコース上で行われた暫定表彰で、泡グレープフルーツを振り撒くことが出来ました。

2番目のレースは最終レースのエバーグリーンカップ。

これは1000cc以下/1300cc以下/1600cc以上の3クラス混合となるスポーツカーのレースで

予選4位からのポジションでスタート。

またもやスタートに手こずり、1コーナー手前で5位に転落。

10周のレース、なんとか追い上げて後半コースに慣れてきたこともありタイムアップ。

前2台を捉えて10周走り切って総合3位/クラス1位でゴール出来ました。

本当に久々のレースイベントへの参加となりましたが、終盤にはコースにも慣れて少し攻める事も出来たし、泡グレープフルーツ2本も気持ち良い天気の中で飲めて大満足でした。

総合1位はロータスエラン(26R)総合2位はロータス23B.

後ろのクルマの配置が2位3位逆ですね。

今回はチームメイトと4台での参加となり

中にはワークスヒーレールマンも。

1300cc以下の表書式。

何喋ったかよく覚えていません( ´∀` )

このイベントは、50~60年代をフューチャーしていて、当時の格好に近い服装等を切るのが望ましい、とされているので

軽く帽子だけでも。

次は11月、また参戦予定です!

 

 

 

今月は。。。

G.Wで約2週間は世の中お休みモード。

気温は高くても湿度が少ないので、天気が良い日は本当に気持ちが良いですね。

そこで先ず、昨年年末から動かしてないE-Typeを車庫から引っ張り出し、軽く一回り。

この頃の気温でタイヤのエアもむしろ高いくらいで全く問題なく、エンジンもすんなり始動。

気が付けば、イギリスから持ってきてこの5月で丁度20年のお付き合い。

このクルマ、なんだかとても相性が良いんです。

川口工場では、地道に気になるクルマ達の作業が進んでいます。

昨年末に下取り入庫したこのUS並行最終モデルXJS4.0は、入庫時にはオークションに出してしまおうかとも一時考えましたが、オークションで売るにしてもあまりに

全体のコンデションに問題があった為に、少しずつ手を入れていたのですが、商品として蘇らせたい気持ちに次第になってきてしまい、先ずは外装をバチッと磨いてみました。

わたびきさんで磨いてもらったのですが、細かな事を言わなければ」かなり良い状態に!

気をよくして左右のボロボロに破れていたシートも全面張り替えに出し、

バリバリだったウッドパネルもなんとか奇麗に。

シフトレバーはクラシカルなTタイプに変更。

シートが外れているのでルームクリーニングも隅々まで出来ました。

現在はこれまた酷い状態の幌のインナーを張替え中。

こんな事やってたら、」値段が合わなくなって最後には売れなくなりますよね。そしたらまあ、好きな色だし自分で乗るかな笑

内装と言えば、横浜MAGNI DISEGNOさんに出していたSr.2FHCの、フルトリム張り替えが完了して戻ってきてました。

内装がすべて新しくなると、相当上がりますね、別のクルマみたいです。運転している時は内装しかほぼ見えませんから大事です、

このSr.2は、正規輸入の右ハンドル、本来はマニュアルしかないのですが、うちに来た時からオートマに換装されていました。このオートマミッションが

問題だったので、今回フルオーバーホールしての装着です。

このSr.1E-Typeのレストア作業も、ゆっくりながら進んでいました。

バンパーとオーバーライダーの取り付けは、ある意味E-Type,特にSr.1では肝、なんです。

間違った取り付けをすると顔が台無し、になっちゃいます。

まだまだお預かり中のクルマが沢山あるのですが、拘って丁寧な作業をしているとなかなか完成しません。

本来はスピーディに終わらせていきたいのですが、、両立させるのは難しいですね。